新学習指導要領に関する社説(4月23日現在)

新学習指導要領に関する2月19日から4月23日までの主な社説のタイトルと本文です。


新学習指導要領に関する新聞の主な社説 2017.2.19.4.23 作成:大橋基博

 

内容

170219新潟日報:新学習指導要領 「量も質も」実現できるか... 1

170220 高知新聞:【指導要領改定案】質も量も求めるのなら.. 3

170223 琉球新報:次期学習指導要領 理念実現への環境整備を.. 3

170227 産経:【主張】聖徳太子が消える 豊かな知識の継承断つな.. 4

170303 東奥日報:学校・教員支える方策を/次期学習指導要領... 5

170404 産経:【主張】聖徳太子「復活」 歴史の魅力奪わぬ授業に.. 6

 

 

170219新潟日報:新学習指導要領 「量も質も」実現できるか

 

 小中学校の次期学習指導要領の改定案が公表された。

 

 学習指導要領は、教えなくてはならない最低限の学習内容などを示す教育課程の基準だ。2021年度までに全面実施される。

 

 小学校での英語教科化によって授業時間が増えるほか、「主体的・対話的で深い学び」など多くの内容が盛られた。

 

 学びの「量と質」、両方の充実を求める案といえよう。

 

 教育現場は多忙化が進み、教員の疲弊が問題になっている。

 

 現場に過重な負担がかからないよう、具体的な支援が必要だ。

 

 「これからの社会に求められる力を育成する」。そうした目標を掲げる改定案には、小学英語教科化のほかに、プログラミング教育の必修化などが入った。

 

 外国語活動を3、4年から始めて英語は5、6年で教科化する。

 

 3~6年の授業時間が週1こま(45分)増える形となる。

 

 だが、ゆとり路線の転換以降、時間割は既に飽和状態とされる。

 

 運動会や修学旅行といった行事の時間を確保するため、夏休みの短縮や、土曜授業を実施している小学校は少なくない。

 

 授業時間を捻出する方法として注目されているのが、短時間学習だ。1回15分を週3回やれば、1こま分になる。

 

 朝の短時間学習も多くの学校で実施されている。どうやって新たな授業時間を絞り出すのか。

 

 英語教育などを担う人材の育成、確保も課題だ。とりわけ地方は大都市部に比べ、専門的な人材の確保は不利な面がある。

 

 次期学習指導要領の目玉として注目された「アクティブ・ラーニング」は、「主体的・対話的で深い学び」という表現になった。

 

 とはいえ、思考力や表現力、主体性などの育成を目指し、授業を改善する方向に変わりはない。

 

 日本の学校の授業は、受け身型の傾向が強いといわれてきた。

 

 子どもが能動的に授業に参加して、思考力などを磨けるように工夫するとの方向性は分かる。

 

 しかし、対話型のグループ学習などは個々の学力や個性に応じた指導が必要だ。準備に時間がかかり、教員の力量が問われる。

 

 今まで以上に、教育や研修の機会が重要になるだろう。多忙な教員がそうした自己研さんの時間を十分に取れるのか。

 

 現行指導要領に改定した際、中央教育審議会は教員増が「喫緊の課題」とした。だが増員はこの10年で思うように進んでいない。

 

 特筆すべきは、小中学校の社会に、竹島(島根県)と尖閣諸島(沖縄県)を初めて「固有の領土」と明記したことだろう。

 

 文科省は今回、「正当な日本の主張を理解させるため」として、法的拘束力のある指導要領にこの言葉を盛り込んだ。

 

 主張が隔たる中国や韓国の立場については、並べて教えない考えだ。だがそれでいいのだろうか。

 

 なぜ隣国と主張が異なるのか。それぞれの歴史的な経緯を学び、問題を複眼的に考える。立場の違いを理解する。それこそ深い学びにつながるのではないか。

 

 http://www.niigata-nippo.co.jp/opinion/editorial/20170219308366.html

 

170220 高知新聞:【指導要領改定案】質も量も求めるのなら 

 

 文部科学省が小中学校などの次期学習指導要領の改定案を公表した。小学校は2020年度、中学校は2021年度から全面実施される。

 英語学習の強化やプログラミング教育の必修化を盛り込み、「主体的・対話的で深い学び」の実現へ、各教科の指導内容を大幅に増やしたのが特徴だ。現行の指導要領の約1・5倍もの分量がある。

 グローバル化への対応力や主体的に問題解決する力が求められている時代だ。次期指導要領は強い姿勢を打ち出しているが、このままでは学校に混乱を招きはしないか。

 英語教育の強化では、小学3年から外国語活動が導入され、5年から教科化される。他教科の授業時間の削減はなく、純増での実施となるため、3~6年の授業時間が週1こま増える見込みだ。

 児童生徒に主体的に学んでもらうにも、教える側の工夫や力量が問われる。教員の研さんや入念な準備が欠かせず、十分な時間が確保されるべきだろう。

 学校の年間スケジュールの過密ぶりや教員の多忙さは、現状でも問題が多い。文科省が2008年改定の現指導要領から「脱ゆとり」路線を打ち出し、学習内容も授業時間も増えている。運動会や遠足といった行事も多く、夏休みの短縮や土曜日の授業に踏み切っている学校がある。

 連合総研の調査によると、週60時間以上働いている教員は公立小で73%、公立中で87%に上る。部活動の指導にも多くの時間を費やしており改善は喫緊の課題だ。

 そうした中で新たな時間を捻出するにも選択肢は限られよう。教員は一層忙しくなり、子どもたちの負担感も気になる。

 対応策として文科省は、学校が授業時間の確保や人員配置を工夫する「カリキュラム・マネジメント」を取り入れる。1こま45分の授業を分割して行う方法などが学校の裁量で導入できるようになる。だが、見方を変えれば、現場に難題を丸投げした上に、「マネジメント」力を求めることでもある。

 次期指導要領を巡っては、中教審の答申段階でも、これまで教員に委ねられてきた指導方法などにも踏み込んだ内容が話題になってきた。

 文科省は、若い教員が増え、ベテランの創意工夫が学校で伝わりにくくなっているためとし、「画一的な指導を求めるものではない」と説明する。だが、多忙な環境のままでは結果的に画一化する恐れが否定できない。

 指導方法には踏み込み、授業時間の確保は現場任せという姿勢も疑問である。子どもたちの主体的な学習を実現するには、教員も主体的な取り組みができる労務環境でなければなるまい。

 学校教育の質も量もレベルアップを求めるのなら、文科省は政策や財政でそれを支援する責務がある。学校では、いじめや貧困児童への対応も重要になっている。教員の増員などを急ぐべきである。

 

 http://www.kochinews.co.jp/article/80879/

 

170223 琉球新報:次期学習指導要領 理念実現への環境整備を

 

 掲げた理念は国民の賛同を得られるかもしれない。しかし、理念を実現するための環境が教育現場に整っているとは言い難い。

 文部科学省は小中学校の次期学習指導要領の改定案を公表した。各教科で「主体的・対話的で深い学び」の実現に向けた授業改善を促している。

  教員が一方的に指導するのではなく、児童生徒が主体的、能動的に授業に参加する「アクティブ・ラーニング」の考え方を取り入れている。今回の改定の柱をなすものだ。

  県内教育関係者の間でも近年、「アクティブ・ラーニング」に関する議論が続いている。次期学習指導要領に理念が生かされることは評価できる。問題は学校現場に余力があるかということだ。

  改定案では小学3、4年で外国語活動を始め、5、6年で英語を教科化する。3~6年で授業時間が週1こま増える。文科省は15分程度の短時間学習の設定や夏休み短縮など弾力的な時間割の編成を求めるが、学校現場の実情に照らしても、実現性が問われよう。

  教員の多忙が指摘されて久しい。沖縄でも学力向上対策などさまざまな業務に追われている。「子どもの貧困」問題への対処も急務だ。正規教員率の低さも課題となっている。厳しい環境の中で授業の「量」「質」双方の向上を求めるのは並大抵のことではない。

  次期学習指導要領で高い理念を掲げる以上、文科省は実現に向けた環境整備の方策を示すべきだ。現場任せではいけない。正規教員の拡充、高い技量を持つ教員を育成するための研修が必要だ。

  改定案の分量が現行の約1・5倍に増えたことも気掛かりだ。文科省は「画一的指導を求めるものではない」と説明するが、授業のマニュアル化につながらないか。教員の創意工夫を阻害することがあってはならない。

  改定案の中学社会の歴史的分野で、中世日本における琉球の国際的役割を取り扱う際に「琉球の文化についても触れること」との文言が追加されたことは評価したい。日本文化の多様性を学ぶ契機となる。

  小中学校社会で竹島(島根県)、尖閣を「固有の領土」と初めて明記した。特に尖閣については「領土問題は存在しないことも扱う」と記述した。政府見解を踏襲したものだが、近隣諸国との摩擦を生まないか注視しなければならない。

 

 http://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-449276.html

 

170227 産経:【主張】聖徳太子が消える 豊かな知識の継承断つな

 

 小中学校の新学習指導要領案で歴史用語の見直しに批判や戸惑いが出ている。とりわけ、聖徳太子について、なじみの薄い「厩戸王(うまやどのおう)」と呼ぼうというのは首をひねる。

 

 国民が共有する豊かな知識の継承を妨げ、歴史への興味を削(そ)ぐことにならないだろうか。強く再考を求めたい。

 

 聖徳太子は冠位十二階や十七条憲法などにより古代日本の国造りに大きな役割を果たした。歴史学習で最重要人物の一人である。

 

 現行指導要領で「聖徳太子」だが、改定案では小学校で「聖徳太子(厩戸王)」、中学で「厩戸王(聖徳太子)」とされた。

 

 聖徳太子は死後につけられた呼称で、近年の歴史学で厩戸王の表記が一般的だから、というのが見直しの理由とされる。

 

 しかし、国民に親しまれ、浸透している名は聖徳太子である。厩戸王は、学年の理解度により、併せて教えればいい。小中で教え方が異なる理由もよく分からない。聖徳太子が一般的なことを、自ら認めるようなものではないか。

 

 聖徳太子の威徳は早くからさまざまな形に伝説化されていった。一度に10人の訴えを聞き分けたという超人的な説話もある。

 

 このような話が史実ではないとしても、太子への信仰が広く定着していった事実は疑いようがない。鎌倉時代には太子を日本仏教の祖とあがめる風潮が強まったといわれる。

 

 聖徳太子が建立したとされる四天王寺(大阪)や法隆寺(奈良)は言うに及ばず、多くのゆかりの寺院が現在もなお、太子を信仰したり敬慕したりする善男善女でにぎわっている。それは、日本の仏教史や精神文化史などを顧みる上で極めて重要なことである。

 

 わが国真言宗の開祖は空海であり、弘法大師はその諡(おくりな)とされているが、弘法大師の名を知らなければ、全国各地で盛んな大師信仰を理解することはできない。

 

 同じことが聖徳太子についても言える。

 

 厩戸王を教えるだけでは歴史は細切れの無味乾燥のものとなり、子供は興味を抱くまい。

 

 厩戸王が後に聖徳太子として信仰の対象となり、日本人の心の持ち方に大きな影響を与えた。それを併せて教えればよい。

 

 時代を貫いて流れるダイナミックさを知ることこそ、歴史を学ぶ醍醐味(だいごみ)ではないだろうか。

 

 http://www.sankei.com/column/news/170227/clm1702270002-n1.html

 

170303 東奥日報:学校・教員支える方策を/次期学習指導要領

 

 小中学校の次期学習指導要領の改定案を文部科学省が先ごろ公表した。

 

 全面実施は小学校が2020年度、中学校は21年度の予定となっており、パブリックコメント(意見公募)を実施している。

 

 学習指導要領は、児童生徒に教えなくてはならない最低限の学習内容などを示した教育課程の基準で、約10年ごとに改定される。

 

 今回の改定案は各教科で「主体的・対話的で深い学び」の実現に向けた授業の改善を求めている。これまで使ってきた「アクティブ・ラーニング」という言葉を置き換えた。指導内容を詳しくして、分量は現行の約1.5倍になった。

 

 小学校では外国語活動を34年から始め、英語を56年で教科化する。中学校の英語は授業を原則英語で実施する。

 

 英語以外にも、プログラミング教育の必修化などさまざまな内容が盛り込まれた。改定案は現時点での教育の理想を掲げたといえるだろう。懸念されるのは、理想の実現に向けて取り組む余裕が学校にあるかどうかだ。

 

 英語教育の早期化は、社会のグローバル化に対応するものだ。小学校中学年段階から多様な表現に触れる。小学校から高校まで、子どもたちの英語力が底上げされることを期待したい。

 

 だが、他の学習内容は削減されず、授業時間数が小学36年で増える。ゆとり路線の転換以降、時間割は既に飽和状態という。新たな授業時間を絞り出すのは難しい。短時間学習や夏休みの短縮などで学校が対応したとしても詰め込み感は否めない。

 

 小学校の教員で英語が専門の人は多くはない。現場には戸惑いがあるだろう。本紙でも、英語が正式教科になることに対する県内教員の不安の声や負担増への懸念が紹介されていた。

 

 教員が多くの学習内容を理解して、授業に落とし込んでいくには、研修や授業研究が欠かせない。しかし、多忙化が指摘され、さらに授業時間が増える教員が、自己研さんの時間を確保するのはたやすいことではない。

 

 現行指導要領に改定した際に喫緊の課題とされた教員増は思うように進んでいない。学校に重い課題を背負わせる以上、文科省は学校や教員を支える方策を示し、それを実現しなければならない。

 

 http://www.toonippo.co.jp/shasetsu/20170303023025.asp

 

170404 産経:【主張】聖徳太子「復活」 歴史の魅力奪わぬ授業に

 

 小中学校の新学習指導要領が告示された。歴史学習で「聖徳太子」の名称を避けようとする方針に異論が出され、復活させたことを率直に評価したい。

 

 国民に浸透した人物・用語を生かしつつ、先人の国造りなどを興味を持って学ぶ。そうした授業につなげてほしい。

 

 文部科学省が2月に公表した改定案で、小学校で「聖徳太子(厩戸王(うまやどのおう))」とカッコ書きを添え、中学では「厩戸王(聖徳太子)」と表記する方針が示されていた。

 

 近年の歴史学で、厩戸王が一般的で聖徳太子は後の時代の呼称、といった理由だった。しかし、なじみの薄い表記に変えることに対しては、学校現場からも「混乱を招く」と批判が相次いだ。

 

 聖徳太子は、古代日本の内政や外交の基礎や方向づけに大きな役割を果たした。そうした業績のほか、後の時代の太子への信仰などが、現代の社会、文化に根付いている。

 

 聖徳太子の「一度に10人の訴えを聞き分けた」といった伝説的なエピソードにしても、「嘘」というより、歴史への興味をひくものではないか。

 

 おもしろければ、もっと知りたいと学ぶ意欲も生まれる。

 

 江戸時代の鎖国についても、幕府の管理下で交易が一定程度行われていたことから、改定案では「対外政策」と書き換えられた。これも、かえって理解しにくいことから復活した。

 

 学者の使う専門用語にとらわれ、時代を貫いて流れる国民の物語を教えなければ、授業は無味乾燥なものになる。学ぶ意欲という点について、改定案は忘れていなかったか。

 

 新指導要領に沿って教科書が一新されるのは、小学校で3年後、中学で4年後からだ。内容によって順次先行実施される。これを機に、学校現場で歴史を学ぶ意義を改めて問い直してほしい。

 

 戦後の歴史教育は、日本をことさら悪く描く自虐史観が拭えないでいる。古代の人々の暮らしや考え方を伝える国造りの神話・伝承についても正当に評価されず、十分教えられていない。

 

 年表の暗記や難解な事項の羅列では歴史への理解は深まらない。先人が国のため悪戦苦闘した物語などを通し、歴史を誇れるよう指導してもらいたい。教師の知識と理解の深さも問われよう。

 

 http://www.sankei.com/column/news/170404/clm1704040001-n1.html

 

170219新潟日報:新学習指導要領 「量も質も」実現できるか      

170220 高知新聞:【指導要領改定案】質も量も求めるのなら        

170223 琉球新報:次期学習指導要領 理念実現への環境整備を             

170227 産経:【主張】聖徳太子が消える 豊かな知識の継承断つな           

170303 東奥日報:学校・教員支える方策を/次期学習指導要領 

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あいち民研 教育への権利部会 県教委の「教員の多忙化解消プラン」に関する見解

愛知県教育委員会 「教員の多忙化解消プラン」に関する見解

 

あいち県民教育研究所 教育への権利部会

2017327

 

 本日、愛知県教育委員会は「教員の多忙化解消プラン」を公表した(以下、「同プラン」)。同プランは、昨年1129日に公表された「教員の多忙化解消プロジェクトチーム」による「教員の多忙化解消に向けた取組に関する提言」(以下、「同提言」)を受けて作成されたもので「あいちの教育ビジョン2020-第3次愛知県教育振興基本計画」に基づく実施計画として位置づけられるものである。

 同提言では、公立学校の教員の長時間労働を問題にし、「教員が授業等の教科指導や学級経営に特化できる体制の実現」や、「教員の業務量に見合った人的配置」を求め、部活動に関しては「長期的には学校教育活動からの部活動の切り離しを検討すべき」などと注目される提言を行っていた。それだけに県教育委員会がどのようなプランを出すか私たちも注目してきた。

 

 今回出されたプランは、プロジェクトチームでの民間出身委員などの厳しい意見を受け、県教育委員会としては比較的踏み込んだ提案を行っており、全体としては評価出来る内容を含むものである。「教員の多忙化の解消に向けた、実効性のある具体的な取組を推進」していくこと、「教員が学習指導、生徒指導などの本来的な業務に専念できる環境づくりを進める」と宣言したことは高く評価する。しかし、詳細に検討すると教員の多忙化を解消するためにはまだまだ不十分な点が多い。そのような点に絞って、私たちの見解を述べることにする。

 

1.教員の勤務時間外の在校時間の削減目標について

 まず、教員には原則として時間外勤務は命じないものとされていること、時間外労働を命ずることが出来る場合は「超勤4項目」に限定されていること、一般の労働者の時間外勤務は、1ヶ月45時間、年間360時間が限度であることの確認が必要である。

「同プラン」では、勤務時間外の在校時間の削減目標を月80時間を基準として設定している。しかし月80時間というのは「過労死ライン」である。プロジェクトチームでは、厚労省の告示に基づく1ヶ月45時間といった目標も示されていた。しかも県の調査は、教員の「持ち帰り仕事」による時間外労働は含まれていない。削減目標を早急に引き下げるべきである。

1ヶ月80時間が許容されれば、毎週土日のいずれか4時間として、平日は毎日3時間の時間外勤務が可能となる。朝8時から夜8時まで連日勤務することになる。これでは教員の生命と健康を守ることは出来ない。

 

2.在校時間管理の適正化について

 出退勤管理を電子化する方向を打ち出したことは評価できる。自己申告制では正確な管理が出来ないことは明白である。しかし電子化したとしても休日の校外での部活動指導の未入力、退勤処理をした後の勤務など不適正な運用が続くことが想定される。厳密な実施が行われるような指導が必要である。

 さらに、休憩時間がほとんど確保されていない現状の抜本的解決策を示すことが必要である。

 

3.勤務時間の割振の適正な実施

 すべての学校で割振変更簿が整備、運用されているかどうかの緊急調査が必要である。また学校行事等以外でも日常の業務(部活動指導を含む)を行う時間外勤務も割振対象とすべきである。

 市町村立小中学校で確実に整備、運用されるように県教委として指導を行う必要がある。

 

4.部活動指導に関して

①学習指導要領に記載のない小学校での部活動の実施を当然視していることは問題である。小学校の部活動は直ちに廃止すべきである。

②休養日の設定(高校:週1日以上、中学:週2日以上)は現行の文科省のガイドラインと同じであり改善がみられない。教員の休日(土日)の部活動の実施は原則禁止すべきである。これなくして、在校時間の削減目標は達成できない。

③朝練習の取扱いを今後定めるガイドラインに委ねているが、これも「同提言」が求めているように原則、実施しないことにすべきである。

④平日の部活動指導に対する手当支給に関する記述がない。

⑤部活動の顧問をするかしないかの選択権を教員に保障することが急務である。

⑥一部の地域で行われている全員入部制を直ちにやめさせるべきである。

⑦長期的に学校教育から切り離す際の受け皿としての「総合型地域スポーツクラブ」の育成に関して工程表を含めて具体的な内容がない。

 

5.教員の増員について

 「同提言」では、教職員の定数増について、「県独自に拡充していくことが求められる」としている。しかし、「同プラン」では、「教職員定数の改善」として、「標準法に基づく適正配置に努める」という当たり前のことを記述するのみで、県独自の財政出動を伴う改善策については触れていない。教育費を優先的に確保する努力が必要である。

 

6.新任教員への配慮

 「同プラン」では新任教員にたいする配慮が見られない。初任者研修の内容の見直し、新任教員には部活動顧問をさせないことなど、若い教師を育てていく観点が必要である。

 

 私たち、あいち県民教育研究所・教育への権利部会は25年にわたって愛知の教職員の権利確立のために活動をしてきた。多忙化問題は教師が教師として働き、学び、生活していくうえで最大の障害となっているといえる。これからも県、および市町村教育委員会が多忙化問題にどのように対応していくか注視し、必要な改革提言を行っていくつもりである。

あいち民研 教育への権利部会 3月例会報告

あいち民研 教育への権利部3月例会報告


あいち民研 教育への権利部会  20173月例会  2017.3.22

 

1.県教委・多忙化解消プランの進捗状況

・プラン()についての検討。

【問題点】教員・生徒の選択権に触れていないこと。中体連との協議について、県教委としてとしてのはっきりとした姿勢を打ち出すべき。再任用の活用はいまはうまくいっていない。小学校の部活動の実施を前提としている。「学校教育の一環」という表記は部活動にお墨付きを与えるのではないか。県財政からの財政捻出の観点がない。平日の指導に対する手当支給がない。時間外労働80時間を目安にすべきではない。厚労省の告示にある45時間を超えるべきではない。持ち帰り残業について県教委の調査は調べていない。

→スタートとしてはまあまあという感もするが、権利部会として「見解」を取りまとめる。

327日に見解を公表した、

 

22017年年報掲載原稿の検討

①県教委「教員の多忙化解消プラン」20173月発表予定について

・各メンバーがコメントを寄せるか?→分担内容を後日検討することにした。

②部活動問題について

・新学習指導要領での記述内容の分析

・小学校教員の在校時間(名教労調査)

資料「2016年度緑区小学校残業時間」(校長の残業時間、教職員の平均残業時間、教職員の残業8時間超の合計)

資料「2016年度小学校新採教諭の残業時間(412月)(学校数の多い2区と、教務主任の授業持ち時間数0時間の学校を選定)・・顧問ありの平均は58時間、顧問なしの平均は50時間」

 小学校の部活動は年間ではなく、時季ごとに行う場合があること、初任研を考慮する必要がある。

 いくつかの小学校では初任者には部活の顧問をやらせていないことが分かる。

 小学校では、「努力点」の達成や、研究授業が多忙化の一因となっている。

 

3.沖縄民研・学テ問題の調査資料

「共育」第14号から。

4.その他

①日教組「緊急政策提言」2017.2.27

②瀬戸市の学校統廃合問題

 226日開催「学校統廃合と小中一貫教育を考える第7回全国交流集会」資料

③名古屋市立K中学で実施された過労死問題に関する弁護士の講演内容

(厚労省 過労死等防止対策等労働条件に関する啓発事業)

http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000151995.html

 県内の中学では2校で実施されたという。

④「名古屋市いじめ防止基本方針」2017.2について

⑤日本共産党知立市市議団「かきつばた」1877

 県教委の調査の知立市のデータを紹介。

⑥名古屋市「学校司書 募集要項」

 採用予定人数 16名程度、時給1,065円、週20時間以内、年間700時間以内

⑦「平成29年度からの豊橋市立小中学校部活動運営について(お知らせ)

 224日付けで豊橋市教委から通知。

 小学校:平日に2日以上の休養日。日、祝祭日は活動しない。

 中学校:平日に1日の休養日。土日・祝祭日を含め、週に2日の休養日を設ける。

 

4月例会  426日(水)午後6時半から  名古屋市教育館第7研修室



あいち民研教育への権利部会2月例会報告

あいち民研 教育への権利部会の2月例会の報告です。(1月例会の配付資料一覧もつけました)


あいち民研 教育への権利部会 20172月例会報告

開催日時:2017222日 午後6時半から8時まで

開催場所:名古屋市教育館第3研修室

内容

1.連合総研「とりもどせ!教職員の『生活時間』」(201612)について

 同報告書では「調整休暇制度の可能性」について提案を行っている。これは超過勤務があった場合、時間による精算、つまり代替休暇による調整を基本とすべきではないかとの考えの基づくものである。しかし、毎月100時間超の超過勤務がある現状では「絵に描いた餅」に過ぎない。この報告書の提案についてはさらに検討を行う。

2.愛知県教委が作成予定の「教員の多忙化解消プラン(仮称)」への対応について

 3月中には策定されると思われるので、各人の関心で検討を行い、あいち民研の年報に掲載する。

 4月例会で検討する。

3.瀬戸市の小中学校統廃合・小中一貫校新設の問題点

 2月の東海教育自治研究会での報告の紹介。

 5小学校+2中学校を統廃合予定。この場合、教員数は40人減。

4.中学校における部活動指導の現状と課題

 11月の教育経営懇談会での報告の紹介。

 部活動の「教育的意義」に関する中学校教員の意識、中学校教員が部活動指導をすることの問題点、部活動が担ってきた教育機能をどうするかについて年報に掲載する。

5.全教34大会議案書より

 全教は、昨年615日に「部活動にかかる調査についてのお願い」を各組織に出した。文科省交渉でも話題にしている。しかし、「すべての教職員の合意づくりと国民世論の支持を得る観点を大切にし」とあるように問題の根本的解決に立ち向かっているか疑問である。

6.共産党知立市議団「かきつばた」219日号

 1面で県の多忙化PTを紹介。知立市の教員の時間外勤務の状況を紹介し、朝練の取りやめ、部活動指導員の設置などは県の方針待ちではなく、率先して検討することが求められているとしている。

7.中澤篤史『そろそれ部活のこれからを話しませんか 未来のための部活講義』(大月書店、2017.2.201.800円)

本書は、2014年に刊行された『運動部活動の戦後と現在』(青弓社)をベースに部活動の歴史と現状を概説し、さらにここ数年の議論を踏まえて、第9章では「部活の未来をどうデザインするか」という問題提起を行っている。

同書では、「自主性」の理念、あいまいな制度、多様な実践は部活の3点セットだと述べている。「自主性」が部活の「罠」だと指摘している。そこから逃れるためには「部活の外側」(社会、法律や制度)に目を向けることだとする。しかしながら、その後、制度論、法律論は展開されていない。同書の問題提起についての検討はさらに行っていく。

*資料

123日 山陽新聞社説「学校の部活動 行き過ぎを見直す時だ」

116日 西日本新聞社説「学校の部活動 行き過ぎの是正を早急に」

8.叙勲候補者推薦に関する関係書類の提出について

 元校長の推薦準備に関する書類提出の依頼分と提出書類の書式。「功績調査」「履歴書」の記載例も。

9.学校事務職員の標準職務の改正

学校事務職員と教員との職務の分担の標準を定めるもの。

104月以降の例会の日時

 毎月第4水曜日の午後6時半から名古屋市教育館で開催することを基本とする。

 ただし7月、8月、10月、12月の会場は未定。

教育への権利部会 1月例会 

 

開催日時:2017125日 午後6時半から8時まで

開催場所:名古屋市教育館第8研修室

 

内容

1.小学校教員の残業時間

「小学校新採教員の残業時間(4月~10月)」 

新採教員の一部63人の調査。平均 466時間、565時間、678時間、749時間、84時間、962時間、1068時間

63人中、部活動顧問をしていないのは12人のみ。

2016年度緑区小学校残業時間」

 校長と、教職員の平均残業時間。

 

2201716日付け「平成28年度全国体力・運動能力、運動習慣等調査の結果の取扱い及び活用について(通知)

 休養日の設定等を求めるもの。

 

3.連合総研「とりもどせ!教職員の『生活時間』」

 

4.名古屋市「常勤講師の再雇用禁止期間について」

 政令市移管の伴い2ヶ月の空白期間が生じる問題。

 

5.愛教労「『教員の多忙化解消プラン』具体化への要望」2017120

 

6.「部活動顧問派遣候補者の採用選考について」

 書類作成の依頼、記載例

 

7.全教生活権利討論集会資料

 「政治的中立」を口実とした教育への政治介入を許さない!(全教常任弁護団)

 講演「勤務条件改善と自律性確立こそが教育の質の向上につながる」勝野正章東大教授

 

 

 



新学習指導要領案に関する社説の本文

新学習指導要領案に関する新聞の社説のタイトルと本文です。


新学習指導要領案(2017年2月14日公表)に関する新聞の主な社説  2017.2.18  作成:大橋基博

内容
170215 毎日:新学習指導要領 がんじがらめは避けよ 
170215 読売:指導要領改定案 主体的に学ぶ授業への転換を 
170215 産経:【主張】次期指導要領 日本の良さ学べる授業に 
170215 朝日:学習指導要領 現場の創意を大切に 
170215 日経:二兎を追う授業改革は可能か 
170215 東京新聞:新学習指導要領 量と質、二兎を追えるか 
170215 信濃毎日:学習指導要領 多面的見方を養えるか 
170215 福井新聞:学習指導要領改定案 現場のしわ寄せ改善せよ 
170215 西日本新聞:新学習指導要領 「深い学び」実現するには 
170215 神戸新聞:新学習指導要領/実現への道筋をどう示す 
170216 信濃毎日:幼稚園で国歌 刷り込みにならないか 
170216 京都新聞:新学習指導要領  理念の実現へ壁は高い 
170216 中国新聞:次期学習指導要領 学校現場に支援必要だ 
170216 南日本新聞:[新学習指導要領] 「質も量も」をどう実現 
170216 朝日:領土教育 複眼的な思考こそ 
170216 北海道新聞:指導要領改定 「質と量」両立の環境を 
170217 北國新聞:新学習指導要領案 不可分の領土、主権者教育 
170217 河北新報:学習指導要領改定案/「量も質も」環境整備が急務 
170217 山陽新聞:新学習指導要領 「深い学び」支える環境を 
170218 佐賀新聞:新学習指導要領 理念実現へ現場支えよう 


170215 毎日:新学習指導要領 がんじがらめは避けよ
 
 「質」を向上させ、かつ「量」も減らさない。文部科学省が提示した小中学校の次期学習指導要領改定案は、この難題に挑む。
 
 小学校の英語教科化、プログラミング必修化、中学の英語の授業は原則英語で行うなど、急進するグローバル化時代や、情報通信技術(ICT)への対応だ。

 昨年公表された国際テストで日本は「読解力」が落ちた。その強化に力を入れる。国語だけでなく、全教科を通じて言語活動を豊かにし、「主体的・対話的で深い学び」を求めるという。探究型学習だ。

 例えば、小中学校の国語と社会では「新聞の活用」を挙げ、多様な読み取りのほか、記事の比較、意見発表や討論などをする。

 「主体的・対話的で深い学び」とは、近年文科省が教育改革、授業改善の理念に唱えている「アクティブ・ラーニング」のことだ。この言葉が今回の改定案にない。文科省は「法令上の文書にはまだ使いにくくて」と言うが、この理念と手法がまだ学校現場に浸透していないことを象徴しているようにも思える。

 実際、学校現場の受け入れ態勢に不安は尽きない。

 例えば、既に時間割が目いっぱいの小学校で、どう英語の授業を上乗せするか。文科省は土曜日や夏休みの活用、15分の短時間授業の導入などを挙げる。教員や子供に過重な負担にならないか。

 教科として英語を教えるには、中学英語の免許も併有する小学校教員が担当することなどが考えられるが、文科省によると、2015年度調査でそうした併有小学校教員は5%に満たない。研修や教員養成課程を改めるなどして小学校での英語指導人材を確保するという。

 ほぼ10年おきに改定される学習指導要領は、時代状況や価値観を映してきた。1960年代後半には「教育内容の現代化」を唱え、70年代後半には知識詰め込みの反省から「ゆとりある学習」に腐心した。80年代末以降は「社会の変化に対応する力」「教育内容をスリム化し『生きる力』の育成」となり、「ゆとり教育」が実施された。

 00年代に入り、学力低下批判が高まり、学習内容を増加。そして今回、20年度に小学校から順次実施される次期指導要領は「新時代に向かい、詰め込みかゆとりかといった二項対立を超える」とうたう。

 今後、授業改善の例も多く示すというが、学校現場がかえってそれにがんじがらめにされないか。

 個別の子供にふさわしい指導や機微、成長は現場が最も知る。一律の締めつけや無理を強いるものにならぬようにするのが肝要だ。

 http://mainichi.jp/articles/20170215/ddm/005/070/053000c

170215 読売:指導要領改定案 主体的に学ぶ授業への転換を
  
 授業の質を高めて、社会の変化に柔軟に対応できる学力を育むことが大切である。
  
 文部科学省が、2020年度から順次実施する小中学校の学習指導要領案を公表した。来月告示する。

 改定は、ほぼ10年に1回だ。今回は、「脱ゆとり教育」を打ち出した前回改定の学習内容を維持している。その上で、「どのように学ぶか」「どんな資質・能力が身に付くか」にまで踏み込み、各教科の指導上の目標を記述した。

 思考力や判断力の育成を目指す方向性は理解できる。

 中央教育審議会は、議論や発表を重視する「アクティブ・ラーニング(能動的学習)」の導入を提言していた。今回の改定案では、定義が多様で混乱を招くとして、この言葉の使用を見送った。

 改革の趣旨が不明確になった感は否めないものの、知識偏重型の授業からの転換は必要だ。文科省は具体的な授業のイメージを示すなどして、地域の実情に合った指導の改善を支援すべきだ。

 英語教育の強化が、改定案の柱である。ゲームや歌で英語に親しむ「外国語活動」の開始を小学5年生から3年生に引き下げ、高学年では教科化して文法を学ぶ。中学では実践的な会話力を養う。

 現在の外国語活動の指導は、学級担任が担っている。18年度からの移行期間を前に、外国語指導助手(ALT)や中高の免許を持つ教員らを手厚く配置し、授業の質を高めることが欠かせない。

 英語の授業時間をどう確保するかも、課題となる。前回改定で全体の授業時間数は増えており、今の時間割は満杯の状態だ。

 文科省は土曜日や長期休みの活用を推奨し、現場の判断に委ねた。45分の授業を3分割し、朝の15分を充てる案なども示したが、会話力の育成には、まとまった時間を確保すべきだとの指摘もある。

 改定案は、読解力の向上にも重点を置いている。

 小学校の国語には、新聞や本を活用し、調べたことを報告する活動が盛り込まれた。中学校でも、新聞などから集めた情報を基に、自分の考えをまとめたり、提案したりする授業が推奨された。

 小中の社会では、竹島、尖閣諸島を「我が国の固有の領土」と明記し、重要性を強調した。

 いずれも必要な内容だ。

 授業の質を高めながら、これだけの学習量をこなすことが可能なのか。教員の事務作業や部活動の負担軽減も含めた学校現場の体制整備を急がねばならない。

 00年代に入り、学力低下批判が高まり、学習内容を増加。そして今回、20年度に小学校から順次実施される次期指導要領は「新時代に向かい、詰め込みかゆとりかといった二項対立を超える」とうたう。

 今後、授業改善の例も多く示すというが、学校現場がかえってそれにがんじがらめにされないか。

 個別の子供にふさわしい指導や機微、成長は現場が最も知る。一律の締めつけや無理を強いるものにならぬようにするのが肝要だ。

 http://www.yomiuri.co.jp/editorial/20170214-OYT1T50190.html?from=ytop_ylist

170215 産経:【主張】次期指導要領 日本の良さ学べる授業に
 
 小中学校の教育課程の基準となる学習指導要領の改定案が公表された。日本の領土など国への理解を深める学習の充実が図られたことを評価する。実際の指導に生かしてもらいたい。

 現行の中学指導要領にある北方領土に加え、竹島と尖閣諸島についても小中ともに「我が国固有の領土」と初めて明記した。

 小学校の社会科では5年生で学ぶ。中学校では地理のほか、歴史や公民分野で、領土の歴史なども扱う。尖閣諸島には領有権の問題がないことも書かれた。

 望ましい変化ではあるが、これまで「固有の領土」と明記されていなかったことの方がおかしい。自国の領土や歴史について正しく記述することと、外交的な配慮は関係ない。

 教育について、他国におもねることの方が問題だった。

 竹島、尖閣は中学指導要領の解説書には盛り込まれており現行の教科書にも登場しているが、教科書によって記述の差があった。

 授業で竹島について、「韓国が領有権を主張している」などと韓国側の言い分を強調する例もあった。歴史的な経緯を理解せず、「教え方が分からない」といった教員がいるのも嘆かわしい。

 竹島は、歴史的にも法的にも、まぎれもない日本固有の領土である。韓国に不法占拠されていると、しっかり教えるべきだ。竹島がある島根県では、歴史や自然について詳しい副教材を活用している。参考にしたい。

 北方領土や竹島、尖閣の地図を示し、国境線を尋ねた日本青年会議所の調査では大人も正解が少なかった。領土について国民の関心が低くては国益に関わる。

 次期指導要領は、東京五輪が行われる2020年以降、約10年を見通し、次代を担うのに必要な能力を考えたものだ。

 国際化の中で、自分の言葉で発信できる人材育成のためにも、日本の国土をはじめ、歴史や文化について子供のころから学ぶ意義は大きい。

 幼稚園で国歌に親しむ活動も盛り込まれた。海外に出て、国歌も知らないのは恥ずかしい。

 年齢や発達段階に応じ、自国について誇りを持って学び、さらに深く勉強したくなる指導を工夫したい。国旗や国歌に背を向け、日本をことさら悪く教える先生は退場を願いたい。

 http://www.sankei.com/column/news/170215/clm1702150002-n1.html

170215 朝日:学習指導要領 現場の創意を大切に
 
 小中学校の学習指導要領の改訂案を文部科学省が公表した。

 2030年ごろまでの学校教育の基準を定めるものだ。小学校は20年度から、中学校は21年度から、順次実施される。

 知識を教え込むのではなく、子どもがみずから問いを立て、多面的・多角的に考え、問題を解決する力を育てる。

 改訂案がめざす、この方向自体に異論はない。

 しかし、「質」も「量」も追求するという欲張りな方針のもと、あまりに多くの事柄が盛りこまれてはいないか。

 子どもが主役になり、他者との対話を通じて教科の本質を学ぶようにする。小学校は高学年で英語を教科と位置づけ、成績評価の対象とする。プログラミング教育を必修にする――。

 現行カリキュラムからすると極めて挑戦的な内容である。

 多くの公立学校の先生は、貧困と格差の現実に向き合い、学ぶ環境に恵まれない子たちに基礎学力をつけさせることで一生懸命だ。時間割も既にいっぱいになっている。新たなテーマをどこまでこなせるだろうか。

 文科省は「カリキュラム・マネジメント」と称して教育課程の工夫を学校に求めるが、人手も時間も限られるなか、それだけで解決するわけではない。

 改訂案のもう一つの特徴は、「どんな力を育てたいか」の目標を全教科で具体的に掲げたことだ。全体の記述量は今の1・5倍に増え、一部ではどんな場面でどんな学習活動を用意するかにまで言及している。

 各地の学校はベテランが次々と退職し、若手が増えている。経験の浅い先生に指導要領の狙いを伝えるのに、丁寧な記述が必要なことは理解できる。

 だが、指導要領に書いてあることに従っていれば間違いない、下手に独自の教え方をしてにらまれたくないといった考えが広まれば、授業は金太郎アメのようになり、教室から生気が失われることになりかねない。

 それは改訂の本来の趣旨と相いれない。教えるプロとしての先生の力も育つまい。

 学校は一つひとつ抱える問題が違い、子どもたちの状況も異なる。それぞれの実態にあわせて教える重点を絞り、指導方法も工夫できるよう、文科省と各地の教育委員会は現場の自主性を最大限尊重すべきだ。

 先生の創意工夫を引き出せなければ、指導要領の文字面をいくら整えたところで実はあがらない。先生一人ひとりに、新たな発想を生み出す時間の余裕と研修の機会を保障するのは、教育行政の責務である。

 http://digital.asahi.com/articles/DA3S12796298.html?ref=editorial_backnumber

170215 日経:二兎を追う授業改革は可能か 

 学習の量は維持しつつ、授業の質を高める――。文部科学省がきのう公表した小中学校の新しい学習指導要領案は、まさに「二兎(にと)を追う」内容である。中央教育審議会でのこれまでの議論に沿った改訂案だが、学校現場がこれを十分に消化できるのか、疑問が拭えない。

 改訂案は、従来のように教員が「何を教えるか」だけでなく、子どもたちが「どう学ぶか」に視野を広げた。「主体的・対話的で深い学び」の実現を掲げ、そのための授業の改善や学習の過程重視を打ち出している。

 単なる知識の習得よりも、自分の頭でものを考える力を育てることに重きを置いた指針といえよう。体験活動や討論型の授業の充実を期待しており、こうした方向性自体は妥当である。

 とはいえ、定められた学習の量は現行指導要領と同じだから、現場の不安は大きい。意欲的な教員が授業を深掘りすればするほど、知識伝授とのバランスに苦慮することになろう。文科省は「質と量の両立を図る」とひとくちに言うが、容易な話ではない。教員の処遇改善策も立ち遅れている。

 各地の実践例を豊富に示すことで、教員が多様な試みを共有できるようにすると文科省は言う。学校や地域がこれを参考に新たな取り組みを実現できればいいが、マニュアル化して「深い学び」の画一化を招く心配も大きい。
 こんどの改訂案の理念がきちんと具体化するなら、学校教育の姿が変わる可能性がある。いたずらに二兎を追うのでなく、指導要領の運用を弾力化し、現場に「量」よりも「質」を優先する裁量を与えられないものだろうか。文科省はそこには踏み込まず、現場をなだめるのに躍起なようだ。

 背景には、かつての「ゆとり教育」批判のような混乱を避けたいという思いもあろう。「ゆとり」と詰め込みの二項対立を繰り返すべきではないが、摩擦を恐れるあまり、せっかくの「深い学び」をなおざりにしてはなるまい。

 http://www.nikkei.com/article/DGXKZO12923200V10C17A2EA1000/

170215 東京新聞:新学習指導要領 量と質、二兎を追えるか

 学びの量と質。その二兎(にと)を追うという。文部科学省が公表した小中学校の次期学習指導要領の改定案だ。高度な理念にはうなずけるが、先生の裁量を狭め、創意工夫の余地を奪うようでは困る。


 昨年十二月の中央教育審議会答申に基づき、文科省が改定案づくりを進めていた。新指導要領は二〇二〇年度から順次実施される。


 学校が編成するカリキュラムの基準となる。現行要領までは、学ぶべき知識や技能を中心に定めてきた。それを転換して、身につけるべき資質や能力に主眼を置いた構造に見直す。


 何を学ぶかに加え、何ができるようになるかという到達目標をより明確にし、自ら学びに向かう力や態度を養うという。「個性重視の原則」を打ち出した一九八〇年代の臨時教育審議会答申の集大成と評価する向きもある。


 知識の詰め込みか、ゆとりかと教育論争を繰り広げる間に、人工知能が人間に取って代わる社会が到来した。インターネットは大量の知識を蓄えている。もはや「知っている」だけでは、人生を切り開くのは難しいかもしれない。


 いわば教科書のない世界とどう向き合うか。問われるのは、多面的に見たり、柔軟に考えたりできる力、豊かな感性だろう。それを言葉で伝える表現力も大切だ。


 そうした力や態度を育てるために、新指導要領案は「主体的・対話的で深い学び」の実現に向けた授業改善を求める。世間で「アクティブ・ラーニング」と呼ばれる能動的な学び方を意味する。


 例えば、集団で調べたり、討論したりして結果を発表する。子どもの参加意識を高め、やる気を引き出すのに効果的という。


 日本の子どもは、自尊心が低く、受動的とよくいわれる。教育風土や学校文化が影響しているなら、その改善にも結びつけたい。


 心配なのは、先生の多忙を解消できるかだ。事務を削り、部活動の縛りを緩めなくては、授業の準備や研究に専念できない。ただでさえ、授業時間が満杯なのに、英語やプログラミング教育などを押し込んで消化できるか。


 教え方や評価の仕方まで細かく押しつけては、子ども不在の形式ばかりの授業が広がりかねない。現場の積み重ねを尊重し、先生にも学ぶ時間を与えたい。


 小中学校の教育理念を高校へつなげ、その成果を問うための大学入試へ、と改革が同時に進んでいる。旗を振る文科省は財政面、人材面でしっかりと支えるべきだ。

 http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2017021502000138.html

170215 信濃毎日:学習指導要領 多面的見方を養えるか
 
 文部科学省がきのう、小中学校の次期学習指導要領の改定案を公表した。

  指導要領は子どもに教える最低限の学習内容などを示したものだ。約10年ごとに改定され、2021年度までに全面実施される。

  改定案は、育成を目指す資質や能力を知識・技能、思考力・判断力・表現力のほか「学びに向かう力・人間性」とした。「主体的・対話的で深い学びの実現」に向けた授業改善を求めている。

  中央教育審議会が昨年12月の答申で提唱した「アクティブ・ラーニング」という指導法だ。その言葉自体は「多義的で法令に使えない」として採用されなかったが、重要な考え方ではある。

  一方的に教える知識偏重型の授業では、自ら考え、問題を解決していく力が身に付かない。グループでの討論や新聞の読み比べなどを通じて多面的な見方を知り、自らの考えを育むようにしたい。

  それには社会科の内容に疑問がある。

  尖閣諸島(沖縄県)、竹島(島根県)が日本の「固有の領土」と初めて明記し、特に尖閣については「領土問題は存在しないことも扱う」と求めた。

  文科省は中国や韓国の立場については「並べて教えることは想定していない」としている。安倍晋三首相が政府見解の尊重を求めているためだろう。

  自国の政府がどう考えているかを知ることは大切だ。だが、それだけでは、領土をめぐってなぜ中国や韓国ともめているのか、平和的に解決するにはどうすればいいのか、考える糸口がつかめない。相手国への敵対心をあおることにもなりかねない。

  どんな問題もタブー視しないで「対話的で深い学び」につなげることが必要だ。

  小学校5、6年での英語の教科化、コンピューター操作を含むプログラミング教育の必修化など新たな内容を含め、今まで以上に授業に工夫が求められる。

  問題は、今の教員の忙しさで応えられるかだ。部活動や生徒指導などで日本の教員の勤務時間は欧米各国に比べて突出して長い。しかも新指導要領は現行から授業時間数や内容を減らすどころか、小3?6年で増えている。授業の準備や教員同士が学び合う時間が十分取れるか心配だ。

  中教審は答申で、改定内容を実現するため教職員定数の拡充など教育環境の整備を強く求めた。絵に描いた餅にならないよう、文科省に課された重い宿題だ。

 http://www.shinmai.co.jp/news/nagano/20170215/KT170214ETI090012000.php

170215 福井新聞:学習指導要領改定案 現場のしわ寄せ改善せよ

 【論説】文部科学省が小中学校の次期学習指導要領の改定案を公表した。小学校が2020年度、中学校は21年度から全面実施の予定だ。授業数増や小学校の英語教科化、「主体的・対話的で深い学び」の実現などかなりのボリューム。果たして教育現場が消化できるか不安材料を多く抱え込んだ。自由で伸び伸びとした教育から、義務的押し付け色が濃くなる一方である。

 学習指導要領は約10年単位で改定されているが、教育の本質は教育基本法にうたっているように「豊かな人間性と創造性を備えた人間の育成」である。「伝統や文化の創造」も重要だが、何より大事なのは「生きる力」を養うことだろう。多様な個性を尊重し磨く学びの場であるべきだ。

 しかし、文科省は11年度から「脱ゆとり」に転じ、国際競争力重視の中で学力の「成果」を強く求めてきた。3、4年から外国語活動を始め、5、6年からの英語が教科化されるのはその流れに沿ったものだ。

 これにより3?6年の授業時間が週1こま(45分)、年35こま純増となる。時間をどう確保するのか。文科省は短時間授業や土曜授業、夏休み短縮などでの対応を求めているようだが、実質丸投げだ。任された現場はたまらない。子どもも教員にもしわ寄せがくる。

 現行指導要領で既に限度いっぱい、飽和状態の時間割なのに、子どもたちの「自由時間」を束縛し、詰め込みに走れば、逆効果となる懸念がある。

 しかも改定案は指導内容を詳述しており、分量は1・5倍だ。文科省は「若い教員が増え、ベテランの創意工夫が学校で伝わらなくなっている」とするが、これでは画一的指導になってしまう不安が先立つ。

 中学校の英語は授業を原則英語で実施する。自分の考えや気持ちを伝える会話力の習得は、グローバル社会で一層重視されよう。

 そういう意味では、子どもたちが主体的に知識を習得するため、対話的な問題解決活動やコミュニケーション力を高めていくことがより重要になる。全教科で「主体的・対話的で深い学び」の実現に向けた授業改善を促すのには意義がある。

 これは中教審の特別部会審議で重視した手法だ。「アクティブ・ラーニング」と表現していたのを文科省は「多義性がある」と使用しなかった。さほど抵抗感はないと思うが、ただこれも現場教員がどう実践するか、さらなる工夫を要する。

 授業数増に研修、授業研究増。中教審が喫緊の課題に挙げた教員増は思うように進まず、学校に重い課題が積み重なっていく現状がある。自己研さんに励むためにも、「ゆとり」が必要なのは教員である。

 また、小中学校の社会では、竹島(島根県)と尖閣諸島(沖縄県)を初めて「固有の領土」と明記。同時に公表された幼稚園教育要領案では「国歌」を示した。「道徳」の教科化も安倍政権の意向だ。強権的な政治の国家観が教育にもじわじわ反映されていくことの是非も問われよう。

 http://www.fukuishimbun.co.jp/localnews/editorial/115195.html

170215 西日本新聞:新学習指導要領 「深い学び」実現するには

 子どもたちを待ち受ける未来に目を向けてみよう。

 グローバル化と情報化の進展で、社会は目まぐるしく変化し、複雑さを増していく。少子高齢化で生産年齢人口は減り、社会保障や医療のコストは増大する。そうした時代や社会の変化を見据えて、どんな学校教育を目指すのか。

 文部科学省がきのう、2020年度から導入を始める小中学校の学習指導要領改定案を公表した。

 習得すべき「知識・技能」に加え、それを土台に養成すべき「思考力・判断力・表現力」「学びに向かう力・人間性」まで明示して、教育現場に育成を求めた。

 日本の教育に深く根を張った知識偏重教育からの脱皮を、強く促す内容といえるだろう。

 小学校では3年から外国語活動を始める。5、6年は正式教科に格上げし、授業時間を増やす。

 情報技術(IT)の進歩をにらみ、コンピューターなどを使って論理的思考を育むプログラミング教育も取り入れる。

 期待と理想が随所に詰まった「学びの地図」だが、実現するには高いハードルが待ち構えている。教育現場への周知徹底とともに、教育の環境や条件を拡充していく努力が求められるだろう。

 ●「教え方改革」に向けて

 教員が子どもに一方的に知識を与える授業では、確かな思考力や能動性は養成できない。

 そこで、「主体的・対話的で深い学び」という方向性を打ち出し、授業改善を求めた。いわば「教え方改革」である。

 子どもが学ぶ喜びを感じながら自ら考え、表現する。対話を通し考えを組み立て、協働する力も養う。そんな新しい授業だろう。

 中央教育審議会の答申に盛り込まれ、次期要領の象徴だった「アクティブ・ラーニング」の文字が消え、この表現に統一された。

 米国流のグループ学習や討論などにとらわれない、柔軟で自由な発想を促す意図が文科省にあるとすれば、歓迎すべきことだ。

 双方向の授業や、少人数のグループによる討論には、高度な指導技術が求められる。教員が自ら学び、同僚と授業研究を積み重ねる必要がある。

 大切なのは、子どもに学ぶ意義と喜びを実感させることだ。自ら深く考える力は、その延長線上に育つ。

 思考力や対話力といった抽象的な能力の習得は、知識の暗記などに比べ難度が高い。子どもの学力差が如実に出るという意見もある。学習についていけない子どもへの目配りが欠かせない。

 新しい授業の創出には「教員の多忙」という問題を解決する必要がある。連合のシンクタンク「連合総研」の調査では、週に60時間以上働く教員の割合は、公立小学校で7割超、公立中学校で8割超に上った。深刻な実態だ。国は教員の「働き方改革」にも取り組むべきだ。

 また、日本の教育に対する公的支出は国際水準よりかなり低い。家庭の経済力によって学力が左右される現状は、貧困の世代間連鎖の一因ともされる。政策の優先順位を考えるに当たって教育にもっと公費を投じるべきではないか。そんな議論の契機ともしたい。

 ●マニュアル化の懸念も

 1947年、文部省(当時)が初めて示した学習指導要領「試案」の序論にこう書かれている。

 〈上の方からきめて与えられたことを(中略)実行する〉のではなく、〈下の方からみんなの力で、いろいろと、作りあげて行く〉。国家が管理した戦前教育の反省を踏まえた再出発の決意である。

 法的拘束力を伴う正規の要領になった後も、国は「大まかな内容」を示す大綱にとどめ、学校の自主・自律と裁量を重視してきた。

 次期要領案の記述は、資質や能力にも細かく踏み込んだ結果、現行の約5割増しに膨らんだ。

 要領をマニュアル化した授業が増えないか。懸念が募る。

 「深い学び」の授業改革について、文科省は現場の工夫を求める一方で、事例を広く紹介していくという。教員を混乱させない配慮は必要だが、事例をなぞった授業が広がっては意味がない。

 子どもを「深い学び」に導く授業がしっかり定着するにはどうすべきか。

 未来を担う子どもたちのために国民的な教育論議を深めたい。

 http://www.nishinippon.co.jp/nnp/syasetu/article/308234

170215 神戸新聞:新学習指導要領/実現への道筋をどう示す 

 文部科学省が、小中学校の次期学習指導要領の改定案を公表した。昨年末の中央教育審議会の答申を受けたものだ。

 教員が一方的に教えるのでなく、児童生徒の学習意欲の向上や意見を交わしながら学ぶ姿勢を重視した「主体的・対話的で深い学び」の実現を掲げる。知識を実生活や社会で生かせるよう学びの質を高める狙いで2020年度から順次実施される。

 指導要領は児童生徒に教えるべき最低限の基準などを示し、約10年ごとに改定される。現行指導要領は、学習量を大幅に減らした「ゆとり教育」からの転換を図り、授業時間も内容も増やした。

 今回の改定案では授業時間や内容の削減はなく、小学校では高学年で英語を教科化するなどし、一部で授業時間が増える。小学校からプログラミング教育を取り入れる。

 学習内容を拡充しつつ、「深い学び」に向けたきめ細かな授業を求める。時代の変化への対応は必要だろう。だが、実現は容易ではない。

 改定案は、従来のように「何を学ぶか」を示すだけでなく、「どう学ぶか」という指導方法の在り方にまで言及している。

 ただ、学校は学力の低い子どもや発達障害児など指導に特別な配慮が必要な子らへの対応にも苦心している。こうした課題を抱えたまま「あれもこれも」と求めるのは現実的でない。十分な指導体制がなければ、学力差を広げるとの懸念がある。

 国際学力テストでは、日本の成績は高いが、科学への関心や学ぶ意欲の低さが指摘されている。「理数の勉強が楽しい」と感じる割合は中学に進むと顕著に下がる。

 改定案には、算数と社会のつながりを意識させる統計教育や、実験や観察などで問題を科学的に解決する学習活動の充実も盛り込まれた。

 子どもが「おもしろい」と感じる授業は画一的なものではなく、教員による工夫が求められる。児童生徒の実態に合わせ、学校や教員が判断する余地をどう残すかも課題だ。

 改定案が掲げる理念を実現するには、教員の大幅な増員や充実した研修体制などの施策が不可欠だ。日本の教育予算は経済協力開発機構(OECD)の加盟諸国でも最低レベルで、少人数教育の導入も遅れが目立つ。国は具現化に向けた道筋を明確に示すべきだ。

 https://www.kobe-np.co.jp/column/shasetsu/201702/0009916234.shtml

170216 信濃毎日:幼稚園で国歌 刷り込みにならないか

 幼稚園や保育所で幼い子どもに歌わせることがふさわしいのか。国は現場に押しつけるべきではない。

  文部科学省が幼稚園の教育要領案で、文化や伝統に親しむ例として、唱歌やわらべ歌とともに「国歌」を示した。小中高校の学習指導要領にあたるものだ。厚生労働省もそれを踏まえて、保育所の運営指針の改定案に、国旗と国歌に親しむことを明記した。

  伝統的な習わしや文化に親しむことは大事だろう。ただ、なぜ君が代でなければならないのか。

  かつて国家主義や軍国主義に結びついた歴史的な経緯から、教育の場へ持ち込むことに反対する声は少なくない。幼い子どもたちに歌わせることは“刷り込み”にもなりかねない。

  日の丸、君が代は、小中高校の学習指導要領に入学式や卒業式で「指導するものとする」とされた1980年代以降、現場への締めつけが強まった。お墨つきを与えたのが国旗・国歌法だ。

  国として強制したり義務化したりすることはない―。99年の法制定当時、政府は述べていた。ところが文科省は各学校に掲揚と斉唱の徹底を求め、実施状況を調査して圧力を強めた。

  従わない教員への懲戒処分も相次ぐ。それに対し、憲法が定める思想・良心の自由を侵害しているとして、処分取り消しを求める訴訟が各地で続いている。

  安倍晋三政権下では、国立大学の入学式、卒業式でも掲揚と斉唱を求める声が上がり、文科省は一昨年、「適切な対応」を要請した。学問の自由を尊重する姿勢を欠く不当な介入と言うほかない。

  そして今回、幼稚園や保育所にも持ち込もうとしている。幼児教育から高等教育まで、あらゆる段階で国家統制の色合いが強まっていかないか、心配になる。

  教育は政治権力から独立して行われるべきものだ。国の責務は基盤や条件の整備にあり、教育内容への関与はできる限り抑制的でなければならない。学習指導要領が法的拘束力を持つことを最高裁の判決は示しているが、あくまで大綱的な基準としてである。

  政府の考えを現場に押しつけることは教育をゆがめる。子どもが生き生きと学び育つことにつながらない。要領や指針の本来の趣旨を超えた干渉はすべきでない。

  君が代、日の丸の強制は弊害を生んできた。幼稚園や保育所にまで持ち込むのを避けるとともに、教育の場での扱いをあらためて議論し、見直す必要がある。

 http://www.shinmai.co.jp/news/nagano/20170216/KT170215ETI090012000.php

170216 京都新聞:新学習指導要領  理念の実現へ壁は高い

 小学校で2020年度から、中学校で21年度から全面実施される次期学習指導要領の改定案を、文部科学省が公表した。
 主眼は「主体的・対話的で深い学び」への授業改善だ。これまでの議論にあった「アクティブ・ラーニング」という言葉は文面から消えたが、趣旨は同じである。知識を教え込むだけでなく、児童生徒の対話や議論によって自ら考える力を育むとの方向性は妥当だろう。
 ただ、大胆な理念追求型ともいえる今回の改定案には、懸念がつきまとう。教える知識の量は変えず、授業に「質も量も」求めているからだ。文科省は新たに「カリキュラム・マネジメント」の考え方を盛り込み、朝の15分授業や昼休みの活用、夏休みの短縮などを例示して各校に工夫を促すが、現行の「脱ゆとり教育」で目いっぱいの現場に余力はあるだろうか。
 個々の改善努力に頼るだけでなく、国や地方自治体が相応の覚悟をもって支援策を打たねば、高い理想は実現できまい。地域社会の協力もいるだろう。
 約10年ごとに改定される指導要領は、時どきの社会の要請を映す。今回でいえば英語教育の強化、プログラミング教育の必修化などだ。グローバル化やIT時代への対応だが、社会に役立つ力の育成だけでなく、豊かな人間性、自由で自律的な「個」を育む視点を欠いてはならない。経済的困窮とも関連する低学力・低意欲の子どもへの目配りは特に重要だ。
 そうした経験や指導法の受け継ぎは近年、ベテラン教職員の大量定年退職で難しくなっている。ベビーブームに対応する形で採用された世代が減り、若手が増えていることから、今回の改定案には指導内容が事細かに書き込まれ、現行の分量の1・5倍になった。
 文科省は「画一的指導を求めるものでない」とするが、学習指導要領は法的拘束力をもつ。国による管理強化との現場の懸念を払拭(ふっしょく)し、教員の創意工夫を生かす姿勢を明確に打ち出してほしい。対話的な授業を創(つく)るための教員研修の充実は急務である。
 不登校やいじめへの対応、部活動の指導も求められる教員の多忙さは、日本が国際比較で際立っている。だが政府は少子化を理由に、今後10年間、公立小中学校の教員を減らす構想を示している。
 画期的ともいわれる次期指導要領の実践には、それに見合う教員の確保が第一だ。事務作業の軽減、外部人材の活用と併せて環境整備をしっかり進めてもらいたい。
 
 http://www.kyoto-np.co.jp/info/syasetsu/20170216_3.html

170216 中国新聞:次期学習指導要領 学校現場に支援必要だ

 画一主義や受け身一方の授業といった、学校教育の「質」を何とかしたい―。改定案が公表された次期学習指導要領には、そんな視点が背景にある。

 ゆとり教育か、詰め込み教育かという「量」で是非を争う議論には終止符を、という立脚点に異存はない。

 しかし「量」から「質」への脱皮は、担い手である教師の側の転換とセットでなくてはならない。学校現場では、かねて多忙や疲弊が指摘されてきた。授業づくりに専念できる環境の整備を急ぐ必要がある。

 学習指導要領は、ほぼ10年おきに改定を繰り返してきた。言い換えれば10年先の日本社会を思い描き、どんな人材を育成していくべきか、未来図を示してきたともいえる。

 2020年度に小学校で、21年度には中学校で全面実施に入る今回の改定案からも、それがうかがえる。第4次産業革命とも呼ばれる人工知能(AI)の開発で弾みのつきそうなグローバル化、情報化に対する問題意識がにじむ。小学校から英語の教科化や情報技術を学ぶプログラミング学習の必修化を盛り込んだのも、その表れだろう。

 AIを活用し、一人一人の理解力を見極め、適した教材をあてがう…。総務省の情報通信審議会の議論では、教室のそんな青写真さえ描かれている。だが対話や議論を通じて子どもの胸の内を読み取ったり、励ましたりできるのは人間である教員以外にはない。

 その姿は、改定案の柱とする「主体的・対話的で深い学び」とも響き合う。ほかでもない、現行の総合的な学習で目指してきた理念でもあろう。

 その原動力は創意にあふれた現場の実践のはずだ。ところが今回の改定案は、裁量を委ねてきたはずの現場をかえって縛りかねない側面もある。

 これまでの学習指導要領の役割は基準を示す程度にとどめていたが、手引き的な性格が濃くなるからだ。目標から学習内容や方法、評価までが詳細に書き込まれ、マネジメント(管理)まで強調されている。

 それでいて、教える内容と授業時数は従来通りの「量」を前提としている。これでは結局、「質」も「量」も追い求めているのではないだろうか。

 ゆとり教育が学力低下の元凶と政界から集中砲火を浴びた文部科学省にとって、「量」を見直すことの検討はあえて控えたのかもしれない。

 とはいえ、全体の授業数を減らさずに英語の授業を足せば、現場の負担が増すのはどう見ても明らかだ。教職員の人員確保と資質・能力の向上は不可欠だと、中央教育審議会が緊急提言で求めた通りである。

 改定案では、地域からも必要な外部人材を確保するとしている。初めて設ける前文でうたう「社会に開かれた教育課程」ともリンクするのだろう。確かに地域住民がボランティアとして学校教育をもり立てる動きが目立っている。ただ実際に教師の負担軽減に役立っているかどうかは十分な検証が要る。

 不透明さを増す一方の社会の行く手を、どう見据えるか。人の手当てはどうするか。それこそが学習指導要領の原点だとすれば、保護者はもとより、地域社会への説明と理解を求める努力も欠かせない。
  
 http://www.chugoku-np.co.jp/column/article/article.php?comment_id=319527&comment_sub_id=0&category_id=142

170216 南日本新聞:[新学習指導要領] 「質も量も」をどう実現
 
 小学3年から英語に親しむなど授業時間を増やす。全教科「主体的・対話的で深い学び」の実現に向けた授業の改善を促す。

 文部科学省がそんな内容の小中学校の次期学習指導要領の改定案を公表した。

 教育の質も量も求める高い理想を掲げた案ではある。

 うまくいけばいい。しかし、今でもカリキュラムの増加で時間割が「飽和状態」とされる学校現場が消化できるのか。

 文科省が描く短時間授業や夏休み短縮など「現場の工夫」は、丸投げそのものではないか。

 中学校の英語を原則英語で教えるのはいいとしても、すべての教員が可能なのか。

 英語については、「聞く・話す」の外国語活動が小学3年からに前倒しされ、5年からは教科として「読む・書く」も学ぶ。

 だがこれにより、現行の外国語活動で英語に親しんだ児童が中学でつまずく「壁」が、小学校高学年に早まる恐れはないのか。

 改定案からはこうした多くの懸念が浮かぶ。文科省は今後のパブリックコメント(意見公募)などを通じて、課題をしっかり洗い出すべきである。

 また改定案には、小中学校の社会で竹島(島根県)と尖閣諸島(沖縄県)を初めて「固有の領土」と明記した。

 既に小中の社会の全教科書は竹島と尖閣諸島を記載しており、それに合わせた形だ。

 中国と韓国は案の定、改定案に反発を強めた。文科省は、主張に隔たりがある中韓の立場については「並べて教えることは想定していない」という。

 では児童生徒から、「なぜ中韓は反発するのか」と問われたらどう教えるのか。

 たとえ理不尽な主張でも相手国の立場を教えなければ、戸惑うのは子どもたちである。文科省には再考を求めたい。

 改定案は不登校や日本語の習得に困難のある児童、夜間中学の生徒など特別な配慮が必要な子どもへの指導の記述を増やした。

 ここまでさまざまな配慮を示すのなら、「子どもの貧困」にも言及してほしかった。

 学習指導要領が、児童生徒に教えるべき最低限の学習内容などを示す基準だとしてもである。

 教室で6人に1人が平均的な所得の半分以下の世帯で暮らすことや、学用品代など「就学援助」の対象者が急増していることを文科省も分かっているはずだ。

 どんな高い理想も、子どもの学ぶ環境を整えなくては実現しないことを思い起こしてほしい。
 
 http://373news.com/_column/syasetu.php?storyid=82268

170216 朝日:領土教育 複眼的な思考こそ
 
 政府の見解を教えるだけではなく、相手国の言い分も伝え、世界を知り、自分の頭で考えることをうながしたい。

 北方領土、竹島、尖閣諸島は「我が国の固有の領土」で、尖閣諸島に「解決すべき領有権の問題は存在していない」――。

 そんな記述が小中学校の学習指導要領の改訂案に盛りこまれた。小学5年の社会科と中学の地理、歴史、公民の全分野で、政府見解を教えることになる。

 領土は各国のナショナリズムや利害がぶつかり合い、外交上の摩擦の要因になる。子どもたちが日本の主張を知っておくことは大切だ。

 だが政府見解は数学の公式とは違う。日本の立場の表明であり、それを学ぶのみでは現実は理解できない。教室で「尖閣に領土問題は存在しない」と教えても、中国船による領海侵入のニュースは流れる。

 領土とは何か。隣国はどう考えているか。いかなる歴史的経緯があるか。こうした事実を知って初めて、問題を深く、複眼的に見ることができる。

 新指導要領が重視するのは、答えが一つではないテーマを多面的・多角的にとらえ、他者と協働して思考する力だ。領土をめぐる対立は、ある意味で格好の教材ともいえる。

 政府見解は今回突然、指導要領に登場したわけではない。文部科学省は3年前、政権の意向を踏まえ、教科書執筆や授業の指針となる指導要領の「解説」に同趣旨の記述を入れた。既に小中の社会科の全教科書が三つの領土について記載している。

 だが、法的拘束力をもつとされる指導要領本体と「解説」とでは、重みが違う。教員が指導要領に従わなければ、処分される根拠にもなりうる。

 決められた通りに教えることが従来以上に求められるのではないか。自国第一主義の風潮がはびこるなか、独自の工夫を偏向と批判する空気が広がれば、教員は腫れ物に触るような授業しかできなくなるだろう。

 文化も経済も、国境を軽々と越えていく時代に、自国の主張が正しいと言いつのるだけでは共感は得られない。育てたいのは、相手の立場を理解し、冷静に考え、議論し、共生の道を探ろうとする人材だ。

 教育を通じて一つの価値観や歴史観を植えつける息苦しさと誤りを、この国は過去に経験し、いまは隣国に見ている。

 しなやかで、強い社会をつくるために、子どもたちにはどんなアプローチが必要か。領土教育を考えるときにも、この視点を忘れないようにしたい。

 http://digital.asahi.com/articles/DA3S12798047.html?ref=editorial_backnumber

170216 北海道新聞:指導要領改定 「質と量」両立の環境を

 「質」も「量」も追求する学びに、現場は対応できるだろうか。

 文部科学省は2020年度から順次実施される、小中学校の次期学習指導要領改定案を公表した。

 小学3年から英語の学習が始まり、授業時間は増える。

 これまでアクティブ・ラーニングと言われてきた、討論や意見発表などを通じて答えを探求する「主体的・対話的で深い学び」は、全教科に取り入れられる。

 多様化する社会に対応するためにも、方向性は理解できる。

 ただ、教員の多忙化は深刻だ。

 「質と量」の両立を実現させるには、教員定数の改善や業務の見直しによる負担軽減など、国や教育委員会が積極的に現場の環境整備に取り組む必要がある。

 新指導要領の柱の一つは小学校の英語教育拡大だ。これに伴い、3年から6年の授業時間が年間35こまずつ増える。

 この時間を捻出するため、文科省は「柔軟な時間割の管理」を提唱する。たとえば、朝や給食後に設ける15分程度の短時間学習、夏休みの削減、土曜授業などだ。

 だが、短時間学習は学習が深まりにくいとも言われる。夏休みの削減や土曜授業は、子どもの余裕を奪いかねないとの指摘もある。

 小学校は英語指導に慣れていない教員も多い。中学校の英語授業は、原則英語で実施する。教員自身の英語力向上が欠かせない。

 さらに、現場には道徳教育の教科化やプログラミング教育、主権者学習などの負担ものしかかる。

 部活動の顧問や生徒指導、保護者への対応などで、教員はいまもパンク寸前だ。休み時間も満足にとれない。長時間労働は社会問題にもなっている。

 教員にしわ寄せが及べば、子ども一人一人への目配りも難しくなろう。結果として、「あれも、これも」の授業について行けない子どもが増えないか。

 そうした事態を招かぬよう、国による十分な予算措置と現場への手厚い支援が必要になる。

 「領土」に関しては、北方領土に加え、竹島(島根県)と尖閣諸島(沖縄県)を、初めて「固有の領土」と明記した。

 気になるのは、文科省が主張に隔たりのある中国や韓国の立場について「並べて教えることは想定していない」としていることだ。

 「領土」を取り巻く複雑な歴史や国際的な現状も合わせて教えなければ、深い理解は得られまい。

 重層的に物事をとらえられる冷静な視点を養ってほしい。

 http://dd.hokkaido-np.co.jp/news/opinion/editorial/2-0109128.html

170217 北國新聞:新学習指導要領案 不可分の領土、主権者教育

 文部科学省が公表した小中学校の学習指導要領改定案に、主権者教育と領土教育の充実が盛り込まれた。選挙権年齢が「18歳以上」になったのを受け、義務教育段階から主権者教育に取り組むことは重要である。北方領土だけでなく、竹島(島根県)と尖閣諸島(沖縄県)が「日本固有の領土である」と教えることを明記したのも当然であろう。主権者教育と領土教育は別々にとらえがちであるが、本来、両教育は不可分であり、主権者教育の基礎に領土教育があると考えたい。

 次期学習指導要領案に示された主な主権者教育は、小学校で自分たちの市町村の公共施設の整備や税金の役割などを学び、中学校で民主政治の仕組みや国民の政治参加について理解を深めることになっている。

 現在、教育現場で行われている主権者教育は、公職選挙法や選挙の仕組みに関する学習が中心である。中教審の答申にもある通り、民主主義を尊重し、政治に参画する意識を高める主権者教育は学校教育の重要な要素である。が、主権者としてまず求められるのは、自国の主権が及ぶ範囲(領土、領海)を認識し、それを自ら守ろうという自覚であろう。

 日本国民の領土意識の弱さがかねて指摘されてきたのは、戦後、罪悪視されがちな国家意識とない交ぜにされ、領土意識をはぐくむ主権者教育が十分になされなかったことも一因ではないか。そうした意味で、学習指導要領の改定案が、主権者教育と領土教育の充実を同時にうたったのは当を得た対応と言えよう。

 竹島と尖閣諸島の領有権に関する学習指導で、政府が腰の引ける対応をとってきたのは、韓国と中国との摩擦を恐れ、過剰に配慮したからであろう。小中学校の指導要領に「固有の領土」と明記する改定は遅過ぎる印象もあるが、中韓両国の反発、抗議にぶれることなく、領土、主権者教育を一体で進めてもらいたい。

 教育現場を預かる社会科の教師は、中韓両国の言い分も含めて日本の領土に関する学識をさらに深めてほしい。

170217 河北新報:学習指導要領改定案/「量も質も」環境整備が急務
  
 教育の理想像としては分かる。学習の「量」を減らさずに「質」も追求する、という方針はあまりにも現実離れしているのではないか。多忙を極める学校現場でこなしきれるのかどうか、疑問が残ると言わざるを得ない。
 文部科学省が公表した小中学校の次期学習指導要領の改定案である。
 指導要領は最低限教えるべき学習内容を示した教育課程の基準だ。時代の変化に対応するため、約10年ごとに改定されてきた。新要領は小学校は2020年度、中学校が21年度から全面実施される。
 かつて文科省は学習内容を3割削減する「ゆとり教育」を進め、学力低下批判を招いた。このため現在の要領では方針転換し、40年ぶりに授業時間を増やした。今回の改定も「脱ゆとり教育」路線の延長線上にあるといっていい。
 各教科で受け身ではなく、能動的な授業への改善を図ろうと、「主体的・対話的で深い学び」を打ち出したのが特徴だ。日本の子どもは身に付けた知識の応用や思考力に課題があるのは確かで、その方向性は理解できる。
 ただ、グループ活動や討論会などによる対話型の学習に本気で取り組もうとすれば、指導法の研究はもちろん、準備に手間も時間もかかる。なのに、教える知識や技能の量は同じレベルを維持したままというのでは、教員の疲弊に拍車がかかるのではないか。
 経済協力開発機構(OECD)が14年に公表した国際比較調査では、日本の中学教員の平均勤務時間は課外活動や事務作業に時間を取られ、参加34カ国・地域の中で最長だった。余裕がなく自己評価が低いまま、教壇に立つ実態が浮き彫りになっている。
 小学校では、新たに英語教育に力を入れることも負担増につながるだろう。
 英語に親しむ外国語活動を3、4年に前倒しし、5、6年は教科書を使った教科に格上げする。授業時間は現在より年間35こま純増となるが、時間のやりくりは現場の裁量に押し付けられている。
 文科省は移行期間を設け、教員研修も行うとしているが、どれだけの学校が完全に対応できるのか首をかしげたくなる。特に地方が心配だ。
 そもそも英語をきちんと指導し評価できる小学校教員は、どれだけいるのだろうか。各学校や地域の実情で違うだろうし、場合によっては外国語指導助手(ALT)任せになりかねない。
 スクラップがなく、ビルドだけでは教育現場が空回りしてしまう。安倍内閣が進める働き方改革とも関わる話だ。業務の適正化や人員増といった対策だけでなく、学習内容の重点化などの方策も避けて通れないのではないか。
 指導要領の本旨は全国的な教育水準を一定に保つことである。学校格差が広がるような事態だけは避けなければならない。環境整備が急務だ。

 http://www.kahoku.co.jp/editorial/20170217_01.html

170217 山陽新聞:新学習指導要領 「深い学び」支える環境を
    
 文部科学省が小中学校の次期学習指導要領の改定案を公表した。小学校は2020年度、中学校は21年度から全面実施される。

  指導要領は教育課程の基準となるもので、約10年ごとに改定されてきた。ゆとり教育への批判から、前回の改定では学習内容や授業時間が増やされた。今回の改定の特徴といえるのは、学習の量を減らすことなく、学びの質の改善を打ち出したことである。

  目指すものとして「主体的・対話的で深い学び」が明記された。中央教育審議会が昨年12月の答申で提唱した「アクティブ・ラーニング」のことで、「多義的なカタカナ語は法令で使えない」などの理由で言い換えられたが、方向性は変わっていない。

  アクティブ・ラーニングは、例えばグループで調べたり、話し合って結果を発表したりする学習方法のことだ。既に実践している学校もあり、子どもの参加意識や学ぶ意欲を引き出すのに効果があるという。新たな指導要領では各教科で、そうした能動的な学びの実現に向けて授業改善を促す、とした。

  「ゆとり教育」か「詰め込み教育」か。公教育をめぐっては長らく、そんな議論が繰り返されてきたが、時代は大きく変わりつつある。急速に進化する人工知能が人間の職業を奪うのではないかといった不安の声が聞かれるようになり、それを裏付ける未来予測も発表されている。

  従来のように教科書に書いてあることを覚えるだけでは人生を切り開くのは難しい。求められるのは、変化の激しい社会の中でも自ら課題を見つけ、多様な人々と協働しながら解決策を見つけていく力だろう。指導要領が「主体的・対話的で深い学び」を目指すこと自体に異論はない。

  ただ、心配なのは今の学校現場で実現できるのか、ということだ。ゆとり路線の転換以降、授業時間数は増え、時間割は飽和状態にある。今回の改定で、小学校では英語が教科となり、小学3~6年で授業が週1こま増える。英語以外にも、プログラミング教育の必修化などにも学校は対応を迫られる。

  授業時間の確保策について文科省は学校の裁量に委ねるとしている。各校は夏休みの短縮や短時間学習を組み合わせるなどして対応することになるが、詰め込み感は否めない。教員の多忙化がかねて指摘されているのに加え、学校現場では団塊の世代の退職に伴い、若い教員が増えている。「深い学び」を目指せば、これまで以上に教員は技量を求められ、授業準備や教材作りなどにも時間がかかろう。研修の充実も不可欠で、教員自身が自己研さんをする時間的な余裕が必要だ。

  中教審は答申で、新たな指導要領の内容を実現するため、教職員定数の充実などの環境整備を強く求めた。国は具体的な方策を示し、実現する責務があろう。
 
 http://www.sanyonews.jp/article/489144/1/?rct=shasetsu

170218 佐賀新聞:新学習指導要領 理念実現へ現場支えよう

 文部科学省は今後10年ほどの教育指針となる学習指導要領の改定内容を公表した。小学生は2020年度から、中学生は翌21年度から全面実施となるが、英語教育の早期化やパソコンを活用したプログラミング教育など新たな試みも多い。掲げる理想の高さの一方で学習内容が増え、詰め込み過ぎることへの懸念も出ている。

 新指導要領は子どもたちをどう育てたいのか、その考え方が見えるものとなった。中央教育審議会が目玉の一つとして検討を続けた「アクティブ・ラーニング」は「主体的・対話的で深い学び」と言葉が置き換えられている。しかし、教師が一方的に話す一斉授業を改善し、討論や発言の機会を増やし、自ら考える力を育てる授業改革の方向性はそのまま残った。

 国際比較での学力向上が狙いであり、世界の教育の流れが知識偏重からの脱却ということもある。調べものならパソコン検索で簡単にできる。大事なのは多くの資料の中から、自分の考えをまとめ、発表する力だ。これまで学習内容を定めていた指導要領が、学習方法まで踏み込んで言及したのは画期的と言えよう。

 英語やプログラミング教育を小学生から始めるのも国際化や情報化時代への対応であり、意欲的な改革と言える。ただ、平日の時間割は現在でも1こま(45分)の余裕もなかったのに、英語が小学3~6年生で週1こまずつ増えたため、時間割の限界を超えてしまった形となった。

 文科省はその解決を学校現場に委ねている。45分の授業を15分ずつ三つに分けて朝の時間に実施するか、土曜日登校や夏休み短縮のいずれかで、決められた授業時間数を確保するように求めている。

 ただ、朝の時間はすでに多くの学校が読書や漢字・計算タイムなどに使っており、学校側に選択の余地は少ない。もともとは、各方面からの授業を増やす提案だけを受け入れ、何も削ることができなかった国の対応に問題があったのではないのか。

 文科省は指導要領の改定で学習内容を減らし、「ゆとり教育」と強い批判を受けた過去がある。そのトラウマがあるのかもしれない。しかし、学ぶ子どもたちも吸収力には限界がある。詰め込み過ぎた影響が出ないか気がかりだ。

 新指導要領は小学校で3年後に全面実施となるが、その準備の進み具合も気になる。英語を専門に学んだ経験を持つ小学校教師がどれだけいるだろうか。また、児童主体の授業を進めるには、これまでの発想を変え、授業研究や研修を重ねる必要があるが、どれだけできているだろうか。

 県内でも唐津市のアクティブ・ラーニングや武雄市の反転授業などの取り組みがあるが、まだ一部の自治体の動きにすぎない。

 子どもの主体性を育てるには発言機会を増やすことが求められるが、「40人学級」の大所帯でできるのか疑問が残る。この教育改革を成功させるためには現場の教師増は必要だし、行政による予算面の支援も欠かせない。

 ただでさえ、現場の教師たちは日々の生活指導や休日返上の部活動指導などで疲労感が漂う。教育は理想を持つことで変革ができるが、現場に達成困難な目標を押しつけるだけなら、しわ寄せは子どもたちに向かう。(日高勉)

 http://www.saga-s.co.jp/column/ronsetsu/406119


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